こんばんは。
今回の記事は、本当は一昨日の夜中に(3時過ぎ)書いていました。
さぁアップしようとしたその時、北海道に住んでいる友達から電話がきたんです。
何事!?と思って出ると、3時過ぎなのにすぐ出た私に対して友達も何事!?と思ったようですが、「北海道で震度5以上の地震あったんだけどさ」と言われたのです。
「今!?」
「今。で、停電してるんだけどさ、こっち」
非常に大事だ。
台風21号で関西の方々が今だに停電被害にあっている今、北海道では地震からの停電。しかも北海道は地震の前日は台風もくらってたのよね。
友達が電話してきてくれたのは、私の親戚や知り合いが北海道に住んでいるからなのですが、連絡をもらってから速攻安否確認をして、集合住宅では同時に断水が始まってることも分かりました。※AM4時ぐらい
「各自お風呂に水をためてコンビニいってモバイルバッテリーを買ってこい!」と一斉命令。
その時点では、人によっては「え、そこまでかな?」という反応もあったけど、「そこまでのことだ!Twitterを見てる限りコンビニでは既に売り切れ始まっている!」とけしかけました。
一人は途中から携帯の電池が切れて、固定電話のみ。固定電話も光電話は繋がりませんでした。
丸一日挟んで今日ですが、道内各地、それぞれ復旧に差があります。
私の知り合いのケースですが、同じ市に住んでいても、現時点電気が復旧しているところとまだのところがあります。
ちなみにある友達のところは、携帯の電波も停電の影響で段々弱くなっていってるそうです。
台風被害、地震被害を受けた皆様に心よりお見舞い申し上げます。
毎回言うけど、こういう時は自分ができることを粛々とするしかない。
私はこの記事を公開する!
やたらと「武田真治」と「筋肉」がセットで目に入ってくる今日この頃、筋肉にはすごく興味があって、武田真治さんにもそれなりに興味のある(そうだっけ?)私は、当たり前のようにこの本に辿り着きました。
この本が良書すぎて伝えたい!
まず、帯の「郷ひろみ」という特盛りノイズとなる固有名詞。
そして帯のコメント…間違っちゃいない、間違っちゃいないんだけど、「ちゃんと読んだ?」と聞きたくなるのもやぶさかではない。
というのも、この本は、〝あれやってこれやらないであれ食べてこれ食べない〟などの筋トレのハウツーに特化した本ではないからです。
ハッキリ言いましょう!
武田真治さんはこの本を40歳以上の男性の生き方に向けて書いている!
でも30代の女の私にもぐっときた!
「はじめに」の言葉。
僕は今年42歳になります。28歳からトレーニングを始めましたが、40歳になるまではそのことを公言したり裸になったりすることは極力避けてきました。
なぜなら若い肉体が美しいのは当たり前で、それをあえて披露する特別な理由などないと思っていたからです。
しかし今、自分が地道に続けてきたことが、僕と同世代の人たちとの間で肉体や健康状態に大きな差を生んでいる気がして、自分でもこれまでの歩みを振り返りながら、一冊の本に自己をさらしてみようと思いました。
私がこの本をすごく面白いと思った点は、明確に「年齢」にフォーカスを当てているところです。
鍛えてない40歳以降の男性の身体は相当やべーからと言っているわけです。
優しいですよね。だって別に放っておくことだってできるじゃないですか。
食べて飲んで運動しないで脂肪でBカップになってる40代の男性が周りに生息してたって自分には関係ないですよね。
だが、真治は立ち上がった!!
その脂肪のBカップ、胸筋でのBカップにしようぜ!!※言ってない
それでは、この本の感想について書いていきたいと思います。
構成がまた良いんです。
▪️第1章・身体作りは誰得で何得か
筋トレをこれから始めよう、始めないと…って思っている人が何を知りたいって、ぶっちゃけメリットが知りたいんですよ。えげつないぐらいのメリットの洪水を浴びたい。
それを最初に教えてしまう潔さがいいですね。
「フォルムは性能を表す」「その時がきてからでは遅い」「他人の無礼を引き出さなくなる」など、興味の惹かれる目次が沢山です。
特に「トレーニングは精神安定剤にもなりえる」という中の一文には宙を見上げました。
何が理由であれ成人した人間の感情にムラがあって得することはありません。
人が人生で大事な何かを失うとしたら、ほとんどが突発的な感情による言動が原因になるのではないでしょうか。
本当そう!!!(でもこの記事、結構突発的な感情で書いてるんだけど大丈夫かな?)
この章の中には「服をかっこよく着こなせる」とか「平たく言うとモテる」とかそういうメリットは書かれていなかったのですが、きっと武田真治さんにとってはそれがナチュラルすぎて思いつかなかったか、冒頭の身体の写真を見れば分かるだろうということなんだと思います。
第1章でメリットを語っておくのが正解だと思ったのが、第4章から武田真治物語とでもいいましょうか、私の世代なら当然知っているフェミ男時代の話やクラブイケイケ時代の話などが記されているんです。
よくあるタレントヒストリーかよと思いきや、ここがすごく意味のあるファクターとなっているのですが、第1章に持ってこられたらしんどい人はちょっとしんどく感じたかもしれないと思いました。
筋トレによるメリットは分かった!そこに至るようになったまでを知りたい!と第1章で心を掴まれているので、その後も私は興味深く読むことができました。
ちょっとすっ飛ばして第5章以降に進みます。
▪️第5章・いざ迷宮へ
▪️第6章・挫折と光
▪️第7章・茨の道にも花束を
筋トレに全然関係ないですやん…と思うタイトルですが、この3つの章に武田真治さんが身体の重要性を認識した経緯と、それに伴う心の変化について記されています。
この本は「年齢」にフォーカスを当てていると書きましたが、肉体の変化だけではなくて、心の変化についても深く掘り下げています。
武田真治さんは過去の自分の仕事への向き合い方や人間関係の築き方に対して、割とその都度「何も分かっていない生意気で愚かな若者だった」という振り返りをしているんですね。※相当イキってたらしいよ!
武田真治さんは芸能界という特殊な世界でそれを感じてきたわけですが、これって普通に生きてた私も、「昔の私、ちょーーーーーーーー分かってなかったぁーーーーーー!!」って枕に顔を埋めて足をバタバタさせて共感するところなんです。
もちろんこれは人によってすごく個人差があって、若くしても精神が成熟していている人はいるし、歳をとっても幼稚な人は沢山います。
で、実際若い時の私はどうだったかというと、年齢まんまに浅はかで世間知らずで傲慢で、つまり大馬鹿だったんです。
何より、大馬鹿なのが、「自分の価値観や考えは絶対で永遠に変わらない」という過信です。
この過信の元、どれだけの人を傷付けて振り回してきたことでしょう。まぁそういうのは全部自分に返ってくるんですけどね。
では、現在の私が馬鹿じゃないのかと聞かれたらそれはちょっと謎ではありますけど、少なくとも、今の価値観や考えが絶対でこの先も変わらないとは全く思わないです。
若い時はその可能性を微塵も想像できなかったので、変わることはあるし変わってもいいという幅は持てているのかなと思います。
ただ、この若さ故の頑なさと迷走ってまぁあるものだと思うんですよ。だって若いんですから。(繰り返しますが個人差はあります)
唐突ですが、思春期の特権ってなんだと思います?
私が思う思春期の特権って「自分のことでいっぱいいっぱいになる」ことだと思うんです。
その方向が哀しみであれ怒りであれ喜びであれ、自分のことでいっぱいいっぱい。それが思春期の特権だと思います。
もちろん、私は思春期の特権はもう使い切ってすってんてんなわけです。この歳で使いたければ国家予算ほどの大借金をして内臓を全て売っ払わないといけません。
それぐらい、大人が「自分のことでいっぱいいっぱいになる」ということは、厳しく不釣り合いなのです。
尊大な物言いになってしまいますが、私はもう「受け取る側から与える側の年齢」になっていると思っているんですね。
決してマザーテレサ的な無償の優しさ的なことではなく、いい加減自分のことばっかりにエネルギーを注いでいられなくなってくる、自然の摂理だと思っています。
長い時間寝たくても寝られなくなってきたに近いかもしれません。そうか?
それと同時に、体力がないと周りにしてあげられることはすごく減るってことを切実に感じるんですよ。
極端な話、「親身に話を聞く」ことだって体力がいるじゃないですか。
綺麗事ではなく泥臭いことをするのには体力がいるものです。
私が筋トレを始めたきっかけは、体重が増えたっつー完全に利己的な身も蓋もない理由なんですけど、体力がついたことによって人に何かをしてあげる側になった時のフットワークが格段に軽くなったのは確かで、それだけでも筋トレをやる価値があったなぁと思うんです。
具体的な何かをしてあげられなくても、「元気でいることと元気じゃないこと」は、自分と深く関わりのある人の人生に影響しているということを 、20代の私はそこまで分かっていなかったように思います。
私のことは全て私の問題じゃん?って思ってました(引っ叩きたい…)。
驚いたのが、土屋たおちゃんがそれを高校生で既に知っていたということです。
たおちゃんっていうか映画の中の役なんですけど。
この映画の中でたおちゃん演じる賢くて美人な女子高生が言うひとつの台詞。
「私は私の体に、自分自身のため以上の責任がある」
私はこの言葉に、どぎゃーーーーん!!!と雷に打たれたような衝撃を受けました。
あ、どういう場面でこの台詞を言っているとかいうと、たおちゃんが社会からドロップアウトして自暴自棄になった男に連れ去られて、クラス皆がフェンス越しに見ている中レイプされそうになるんですね。
そこでその男に抵抗と共に言う台詞です。
きっと若い頃の私だったら、「なんだこのお姫様的発想は〜!」と穿って捉えてたことでしょう(ぶん殴りたい…)。
この言葉の意味するところとは。
自分がこのままレイプされてしまった時の、助けられなかったクラスメイトの罪悪感と後悔と怒り。それがこの先の彼ら彼女らの人生に及ぼす影響。
たおちゃんは賢いし精神が成熟しているので、自分が嫌だからという理由以上に自分の身体を守らなければいけない理由があると知っているのです。
本の感想に戻りますが、第5章からは、武田真治さんが精神的に成長していくのに比例して身体を強くしてきたことを読み取れます。
武田真治さんは芸能人ですから、挫折にしたってこちらから見れば華やかな挫折です。
でも、武田真治さんが挫折してから感じた「何をするのにも体力が必要」という点は、一般的な40代の方ならもろに感じ始めていることではないでしょうか。
もしかすると「あの頃も分かっていたし今もこれからも分かっている。年齢によって身体が弛んできたから鍛えたいだけ」という40代の方には、正直響かない内容なのかもしれません。
この本の主軸は、身体をムキムキにして強くしてかっこよくするということではなく、身体を鍛えることを通じて人生の選択と優先順位のチューニングをすることにあります。
その為、迷いや後悔がある(あった)人にこそ響く本となっていると思います。
精神的な部分についての感想ばかり述べてしまいましたが、トレーニングメニューについても書かれていますし、ジムでのあるあるや、ボクシングやマラソンなどのスポーツについても触れています。
まとめになりますが、私が個人的にこの本から受け取った最大のメッセージは、『心が成熟した時にこそできるだけ元気な肉体を備えていよう』ということです。
皮肉とも言うべきか、フェミ男時代の武田真治さんの心はガチガチに尖っているのに、マッチョな肉体を持っている今の武田真治さんの心は柔らかいという意味でフェミニンなところが面白いなぁと思いました。
最後に、俳優・武田真治さんの一番好きな作品はこれ。大傑作だと思うんだよなー。